仕事で多くの方とお目にかかると、年齢の話、美容、健康について良く話題になります。
年を重ねればそれなりに、いろいろなところが気になるし、昔とは違うと感じるところも多く見つかり、時々へこんでしまう自分がいたりします。
若いころならば、それこそ本当にそんな自分をあきらめきれずに、きっとかなり悲観的になってしまったと思います。
しかし、今の私にとってはこのきれいの意味は昔とはかなり大きく変化しています
その訳は、真の美しさは心の中にある、、と強く感じるシ―ンや人のお目にかかる事がたくさんあるからです。
数ヶ月前の事、訪ねたイタリアでは、白髪交じりの髪をきれいの束ねて、シンプルなシャッツにパンツ、夏の太陽を一杯楽しんだ褐色の肌、、、うつくしい手の動きに素敵な笑顔、姿勢の良さは凛とした彼女の生き方そのもの。
そして、仕事や恋愛ついて語るその内容や、私達の意見や質問に一つ一つ丁寧に答えてくれるその余裕は優しさがにじみ出てくる、
素敵な生き方を想像させ、みているだけで幸せな時間でした。
しみ、白髪、、しわ、多く女性が気にして隠したい、見せたくない、年をとりたくない、、、と感じる事も、
彼女をみている限りではむしろ楽しんでいるように見えて、なんだかそんなことを気にしている自分が小さく感じてしまいました。
真のうつくしさ、きれいとは、何なのだろう。
女性として、人として幸せに生きる事とはとあらためて自分に問いただした時間。
日本の女性は、私も含めてきれい、若い、太っている、痩せている、をあまりにも気にしすぎ?
もう少し、自分のスタイル、らしさ、オリジナリティ、時間を大切にした方が良いのでは。
その年齢、その日の自分にはもう二度と戻れないのだから。
そして、自分の生きてきた年月は、もちろん肌や髪、身体からもあふれ出る人としての魅力と責任の証であり、勲章でもあるはず。
そう思って、イタリアで出会った彼女のように、自分を、自分の人生を謳歌して自信を持って過ごせたら嬉しいなー。
きれいの意味?
大人の女性の真の美しさとは?
つくづく考え直した時間でした。
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